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館山・崖ノ観音
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    崖ノ観音



       断崖絶壁に大きな観音堂が建っています。始めて見た途端、圧倒されます。よくこんなもの建てたなあ、と。
    説明板によると像を覆う観音堂が断崖の中段に飛び出すように建てられていることから、一般に「崖の観音」と呼ばれ、親しまれているそうです。





     この像は、大福寺というこの寺の背後の壁面中段に、石の厨子をつくって、像を浮き彫りにした磨崖仏です。像の高さは131センチ。舟形の光背(仏身から発する光明をかたどった、仏像の背後にある飾り)を背に、二十蓮華(れんげ)座の上に座っています。磨耗が激しいので表情はよくわかりませんが、頭上に菩薩面を刻み、左手に水瓶(すいびょう)を持つ様子や、着衣のひだなどが確認できます。



     ヒザの下にひも状の太いひだをつくり、肩の幅を広くしたスタイルに、平安中期の様式が窺えるとのことですが、全体の痛みがひどいため、制作年代を確定することは出来ないということです。
     寺伝では、養老元年(717年)行基が東国巡化の歳、突出の断崖中腹の自然石に11面観世音菩薩を刻み、安置したのがそのはじまりとか。漁民の海上安全と豊漁を祈願するために作られたといいます。




     行基といえば、民衆のために生きた奈良時代の僧。最初は彼を迫害していた国も、民衆の支持を無視できなくなり、最終的には奈良の大仏の建設責任者に抜擢された偉い坊さんです。行基が館山の11面観世音菩薩を彫った年という717年を調べてみると、「朝廷が行基(ぎょうき)の活動を禁止する」と迫害されていた時代のこと、とありました。行基49歳の時と言いますから年代的にはあってますよね。(存命中のこと、という意味で)
     彼は法相宗の僧。ところがこの大福寺は現在、空海で有名な真言宗。どこでどう変わってしまったのか、不明とのことです。




      観音堂は、飛騨(ひだ)匠(たくみ)の舞台づくり。舞台から眺める館山湾の眺めは素晴らしいのひとことです。             うめお
    posted by: うめお | うめお | 18:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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