森鴎外文学碑
森鴎外は日在(東海村という名前だったそうです)が気に入り、別荘「鴎(かもめ)荘」を建てました。「阿部一族」や「高瀬舟」などの代表作はここ日在で執筆したそうです。文学碑は日在で執筆した短編小説「妄想」の冒頭部分を、碑面に刻んでいます。日在の松林、主人と老僕が、碑面には描写されています。
この短編小説。一応読んでみました。「役者が舞台に出てある役をつとめている自分」とは別に、「その背後にあるもうひとりの自分」がいて、静かに自分というものを考えてみたい――ということが、このあとに続きます。鴎外は軍人(軍医)として大勢しますが、一方で、小説家としても活躍します。「役者の自分」と「背後の自分」とは、そうした軍人と小説家との二重生活から来ているのかもしれません。
碑文の内容は次の通りです。
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森鴎外文学碑 「妄想」より
目前にはひろびろと海が横たわっている。
その海から打ち上げられた砂が、小山のように盛り上がって自然の堤
防を形づくっている。
(中略)
その砂山の上に、ひょろひょろした赤松が簇(むら)がって生えてい
る。余り年を経た松ではない。
海を眺めている白髪の主人は、この松の幾本かを切って、松林の中へ
嵌(は)め込んだように立てた小家(こいえ)の一間(ひとま)に据
(す)わっている。
主人が元(も)と世に立ち交じっている頃に、別荘の真似事のような
心持ちで立てたこの小家は、ただ二間と台所とからとから成り立ってい
る。今据わっているのは、東の方一面に海を見晴らした、六畳の居間で
ある。
(中略)
河は上総の夷隅(いすみ)川である。海は太平洋である。
秋が近くなって薄靄(もや)の掛かっている松林の中の、清い砂を踏
んで、主人はそこらを一廻(めぐ)りして来て、八十八(やそはち)と
いう老僕の拵(こしら)えた朝餉をしまって、いま自分の居間に据わっ
たところである。
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「据(す)わる」というのは、落ち着くという意味。
目が据わるとか言いますよね。
「座る」ということとは少しニュアンスが違いますね。
うめお